こども性暴力防止法を想定した懲戒解雇手続きについて

  1. はじめに
  2. 1. こども性暴力防止法の概要
    1. 1.1 法律の目的と対象
    2. 1.2 事業者の主な義務
    3. 1.3 施行時期
  3. 2. 懲戒解雇が不当にならないための法的要件
    1. 2.1 労働契約法上の要件
    2. 2.2 不当解雇と判断されるケース
  4. 3. 就業規則の整備
    1. 3.1 懲戒事由の明確化
    2. 3.2 処分基準の設定
    3. 3.3 就業規則の周知
  5. 4. 採用段階での対応
    1. 4.1 採用フローの設計
    2. 4.2 必要書類の整備
  6. 5. 懲戒解雇手続きの実務
    1. 5.1 事案発覚から処分決定までの流れ
    2. 5.2 手続き上の重要ポイント
      1. ポイント1:弁明の機会の付与
      2. ポイント2:証拠の客観性
      3. ポイント3:比例原則
      4. ポイント4:平等取扱い
    3. 5.3 懲戒処分通知書の作成
  7. 6. 内定取消の判断と手続き
    1. 6.1 内定取消が認められる要件
    2. 6.2 内定取消の手続き
    3. 6.3 留意点
  8. 7. よくある質問(FAQ)
    1. Q1. 懲戒解雇の前に必ず弁明の機会を与える必要がありますか?
    2. Q2. 刑事事件として立件されていない場合でも懲戒解雇できますか?
    3. Q3. 業務時間外・事業所外の行為も懲戒の対象になりますか?
    4. Q4. 懲戒解雇後に不当解雇として訴えられた場合のリスクは?
    5. Q6. すでに働いている職員に性犯罪歴が発覚した場合も懲戒解雇できますか?
  9. 8. 実務上の注意点とリスク管理
    1. 8.1 記録の重要性
    2. 8.2 プライバシー保護
    3. 8.3 被害児童等への配慮
    4. 8.4 弁護士への相談
  10. 9. 再発防止策の構築
    1. 9.1 予防的措置
    2. 9.2 組織文化の醸成
    3. 9.3 定期的な見直し
  11. 10. まとめ
  12. お問い合わせ

はじめに

2026年度中の施行が予定されている「こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)」により、学校・保育所、認定を受けた学習塾・スポーツ施設など、子どもと接する事業者には従業者の性犯罪歴確認が義務化されます。

これに伴い、性犯罪の事実が確認された場合や虚偽申告が判明した場合の懲戒処分、特に懲戒解雇については、適切な手続きを踏まなければ「不当解雇」として法的リスクを抱えることになります。

本記事では、こども性暴力防止法の施行を見据え、適法かつ適切な懲戒解雇手続きについて、実務的な視点から解説します。


1. こども性暴力防止法の概要

1.1 法律の目的と対象

こども性暴力防止法は、教育・保育等の場における児童(18歳未満)への性暴力等を防止し、子どもの権利利益を擁護することを目的としています。

対象となる主な事業者:

  • 学校(小学校、中学校、高等学校、大学等)
  • 保育所、認定こども園
  • 児童福祉施設
  • 放課後等デイサービス
  • 認定民間事業者(認定を受けた、学習塾、スイミング、その他習い事教室など)
  • その他、児童と接する業務を行う事業者 など

1.2 事業者の主な義務

  1. 従業者の性犯罪歴等の確認義務
    • 採用時のデータベース照会
    • 本人による申告と同意取得
  2. 防止措置の実施
    • 行動規範の策定
    • 研修の実施
    • 相談体制の整備
  3. 事案発生時の対応
    • 適切な調査と措置
    • 関係機関への報告

1.3 施行時期

  • 公布日: 2024年6月26日
  • 施行予定: 2026年12月

2. 懲戒解雇が不当にならないための法的要件

懲戒解雇は労働者にとって最も重い処分であり、適切な手続きを経なければ「不当解雇」として無効になります。

2.1 労働契約法上の要件

労働契約法第15条(懲戒権濫用の禁止)

懲戒処分が有効となるためには、以下の要件を満たす必要があります。

  1. 就業規則への明記
    • 懲戒事由と懲戒の種類が就業規則に明確に定められていること
    • 就業規則が適法に労働者に周知されていること
  2. 客観的合理性
    • 懲戒事由に該当する客観的な事実が存在すること
    • 証拠により事実が裏付けられること
  3. 社会通念上の相当性
    • 行為の重大性と処分の重さが均衡していること
    • 過去の同種事例との整合性があること
  4. 手続的適正性
    • 本人への事実確認と弁明の機会付与
    • 公正な調査手続き
    • 適切な意思決定プロセス

2.2 不当解雇と判断されるケース

以下のような場合、懲戒解雇が無効とされるリスクがあります。

  • 就業規則に懲戒事由が明記されていない
  • 事実確認が不十分で証拠がない
  • 本人に弁明の機会を与えていない
  • 行為の軽重と処分が不均衡
  • 同種事案で過去に軽い処分だった
  • 手続きが不公正・恣意的

3. 就業規則の整備

3.1 懲戒事由の明確化

こども性暴力防止法に対応するため、就業規則には以下の事項を明記する必要があります。

【記載すべき懲戒事由の例】

  1. 性犯罪・性暴力行為
    • 児童買春、児童ポルノに係る行為
    • 強制わいせつ、強制性交等
    • 青少年健全育成条例違反
    • その他18歳未満の者に対する性的行為
  2. わいせつ行為・セクシュアルハラスメント
    • 児童等に対するわいせつな言動
    • 不必要な身体接触
    • 性的な内容のメッセージ送信
  3. 採用時の不実記載
    • 性犯罪歴の虚偽申告または秘匿
    • 採用選考時の重要事項の虚偽記載
  4. 行動規範違反
    • 児童等との不適切な私的交際
    • SNS等での不適切な連絡
    • その他児童保護規範に反する行為

3.2 処分基準の設定

行為の重大性に応じた処分基準を明確化します。

【処分レベルの例】

  • 懲戒解雇相当: 重大な性犯罪、身体接触を伴うわいせつ行為、重大な虚偽申告
  • 諭旨解雇・出勤停止相当: 性的言動(接触なし)、軽微な行動規範違反
  • 減給・戒告相当: 過失による不適切行為で改善が見込まれる場合

3.3 就業規則の周知

  • 全従業員への配布・説明
  • 社内イントラネットでの公開
  • 入社時の研修での説明
  • 定期的な確認機会の設定

4. 採用段階での対応

4.1 採用フローの設計

【推奨される採用プロセス】

STEP1:募集段階

  • 求人票に性犯罪歴確認を行う旨を明記
  • 虚偽申告は懲戒・内定取消の対象となることを記載

STEP2:応募段階

  • 性犯罪歴確認に関する同意書の取得
  • 性犯罪歴等の有無に関する申告書の提出

STEP3:選考段階

  • データベース照会の実施
  • 面接時の丁寧な説明と確認

STEP4:内定段階

  • 内定通知書に条件を明記
  • 虚偽が判明した場合の取扱いを明示

STEP5:入社前

  • 最終確認
  • 入社時研修での行動規範の説明

4.2 必要書類の整備

以下の書類を整備し、適切に取得・保管します。

  1. 性犯罪歴等確認に関する同意書
  2. 性犯罪歴等の有無に関する申告書
  3. 採用内定通知書(条件明記版)
  4. 個人情報取扱いに関する同意書

5. 懲戒解雇手続きの実務

5.1 事案発覚から処分決定までの流れ

【フェーズ1】初動対応(24時間以内)

  1. 情報の受理と記録化
  2. 人事責任者への報告
  3. 被害児童等の安全確保
  4. 暫定措置の検討(配置転換、自宅待機等)
  5. 関係機関への連絡要否の判断

【フェーズ2】事実調査(1〜2週間)

  1. 調査体制の構築
    • 調査委員会の設置
    • 外部専門家の助言取得
  2. 証拠収集
    • 関係書類の収集
    • 物的証拠の保全
    • デジタル証拠の確保
  3. 関係者ヒアリング
    • 被害児童への配慮ある聴取(専門家が望ましい)
    • 当該職員への事情聴取(弁明機会の保障)
    • 目撃者・関係職員からの聴取
  4. 調査報告書の作成

【フェーズ3】処分決定(3日〜1週間)

  1. 懲戒委員会の開催
  2. 処分内容の審議
    • 認定事実の確認
    • 処分の妥当性検討
    • 過去事例との整合性確認
  3. 最終決定と決裁

【フェーズ4】処分通知

  1. 懲戒処分通知書の交付
  2. 処分理由の説明
  3. 不服申立制度の案内

【フェーズ5】事後対応

  1. 被害児童等へのケア
  2. 再発防止策の実施
  3. 記録の適切な保管

5.2 手続き上の重要ポイント

ポイント1:弁明の機会の付与

懲戒処分前に必ず本人に弁明の機会を与えます。

  • 書面または口頭での弁明機会
  • 十分な準備期間の確保(通常3〜7日)
  • 代理人(弁護士等)の同席を認める
  • 弁明内容を記録化

ポイント2:証拠の客観性

感情的判断を避け、客観的証拠に基づいて判断します。

  • 複数の証拠による裏付け
  • 伝聞ではなく直接証拠を重視
  • 記録の正確な作成
  • 証拠の適切な保全

ポイント3:比例原則

行為の重大性と処分の重さを均衡させます。

【考慮要素】

  • 被害児童の年齢・人数
  • 行為の態様・悪質性
  • 計画性・反復性の有無
  • 社会的影響の程度
  • 本人の反省度合い
  • 過去の処分歴

ポイント4:平等取扱い

同種事案では同程度の処分とし、恣意的な判断を避けます。

  • 過去の処分事例の確認
  • 処分基準の一貫した適用
  • 処分理由の明確な記録化

5.3 懲戒処分通知書の作成

処分通知書には以下を明記します。

  1. 処分内容(懲戒解雇)
  2. 処分理由
    • 認定した具体的事実
    • 該当する就業規則の条項
    • 処分に至った理由
  3. 処分発効日
  4. 不服申立方法

6. 内定取消の判断と手続き

6.1 内定取消が認められる要件

採用内定は「解約権留保付労働契約」と解され、通常の解雇よりも厳格な要件が求められます。

認められやすいケース:

  • 性犯罪歴の虚偽申告が明確
  • 重大な性犯罪歴が判明
  • 採用内定後に性犯罪で起訴された
  • 児童と接する業務が不可能

認められにくいケース:

  • 軽微な違反・不実記載
  • 業務遂行に影響がない
  • 十分な調査・手続きを経ていない

6.2 内定取消の手続き

  1. 事実関係の十分な調査
  2. 本人への弁明機会の付与
  3. 内定取消判断チェックリストによる検討
  4. 代替措置(配置変更等)の検討
  5. 法的リスクの評価
  6. 書面による通知
  7. 丁寧な説明

6.3 留意点

  • 内定取消は最終手段として慎重に判断
  • 訴訟リスクを十分に評価
  • 和解的解決の可能性も検討

7. よくある質問(FAQ)

Q1. 懲戒解雇の前に必ず弁明の機会を与える必要がありますか?

A. はい、必須です。弁明の機会を与えずに懲戒解雇を行った場合、手続き上の瑕疵により懲戒処分が無効とされるリスクがあります。本人に十分な準備期間を与え、書面または口頭で弁明する機会を保障してください。

Q2. 刑事事件として立件されていない場合でも懲戒解雇できますか?

A. 可能です。刑事事件の有罪判決は必須要件ではありません。ただし、事実認定には客観的な証拠が必要であり、慎重な調査が求められます。証拠が不十分な場合、懲戒解雇が無効とされるリスクがあります。

Q3. 業務時間外・事業所外の行為も懲戒の対象になりますか?

A. なります。ただし、就業規則にその旨を明記する必要があります。児童への性暴力等は、業務時間外であっても事業者の信用を著しく毀損し、業務遂行に重大な支障をきたすため、懲戒事由として認められます。

Q4. 懲戒解雇後に不当解雇として訴えられた場合のリスクは?

A. 懲戒解雇が無効とされた場合、以下のリスクがあります。

  • 解雇期間中の賃金支払い義務
  • 復職命令
  • 慰謝料請求
  • 弁護士費用

適切な手続きと証拠収集により、これらのリスクを最小化できます。

Q6. すでに働いている職員に性犯罪歴が発覚した場合も懲戒解雇できますか?

A. 極めて難しいといえます。採用当時、性犯罪歴の有無について誓約書など交わしていない場合は、経歴詐称にはあたりません。また、現時点で行動規範等に反していない場合は懲戒解雇事由に当てはまりません。
こどもと関わらない業務への配置転換や、合意退職などが現実的な対応と言えます。


8. 実務上の注意点とリスク管理

8.1 記録の重要性

すべての手続きを詳細に記録し、後日の検証に耐えうる証拠を残します。

記録すべき事項:

  • 通報内容と受理日時
  • 調査の経過(日時、場所、参加者)
  • ヒアリング内容(録音がある場合は録音データも)
  • 本人の弁明内容
  • 懲戒委員会の議事録
  • 処分決定の理由

8.2 プライバシー保護

性犯罪歴等は要配慮個人情報に該当します。

取扱いの原則:

  • 必要最小限の者のみがアクセス
  • 厳重な管理体制(施錠保管、アクセス制限)
  • 利用目的の明確化
  • 保管期間の設定と適切な廃棄
  • 第三者提供の制限

8.3 被害児童等への配慮

懲戒処分は加害者への対応ですが、被害児童等のケアも重要です。

  • 心理的ケアの提供(カウンセリング等)
  • 記憶の汚染(誘導的な質問や、詳細を繰り返し聞くこと)を防ぐ
  • 保護者への丁寧な説明と継続的な情報提供
  • 二次被害の防止
  • プライバシーの保護

8.4 弁護士への相談

以下の場合は弁護士に相談することを強く推奨します。

  • 懲戒解雇を初めて検討する場合
  • 内定取消を初めて検討する場合
  • 事実関係が複雑な場合
  • 本人が強く争う姿勢を示している場合
  • 刑事事件として進行中の場合
  • 高額な損害賠償請求のリスクがある場合
  • 児童への性暴力など社会的影響が大きい事案

9. 再発防止策の構築

懲戒処分だけでなく、組織全体での再発防止が重要です。

9.1 予防的措置

  1. 採用段階での厳格な確認
    • データベース照会の徹底
    • 面接での丁寧な説明
  2. 行動規範の徹底
    • 明確な禁止行為の提示
    • 適切な距離感の教育
  3. 研修の実施
    • 年1回以上の定期研修
    • 新入職員への必須研修
    • 事例研究とロールプレイ
  4. 相談・通報体制の整備
    • 相談窓口の設置
    • 内部通報制度の構築
    • 通報者保護の徹底

9.2 組織文化の醸成

  • 児童保護を最優先とする価値観の共有
  • オープンなコミュニケーション環境
  • 「言いにくいこと」を言える組織風土
  • 管理職の意識向上

9.3 定期的な見直し

  • 年1回の規程見直し
  • 事案発生時の検証と改善
  • 外部専門家による監査
  • 他組織の事例研究

10. まとめ

こども性暴力防止法の施行により、児童と接する事業者(義務化対象事業および認定事業)には従業者の性犯罪歴確認が義務化されます。性犯罪の事実や虚偽申告が判明した場合の懲戒解雇は、適切な手続きを踏むことで適法に実施できます。

重要なポイント:

  1. 就業規則の整備:懲戒事由と処分基準を明確化
  2. 採用時の確認:性犯罪歴の確認と同意取得を徹底
  3. 適正な手続き:弁明の機会、客観的調査、公正な判断
  4. 証拠の収集:すべての手続きを記録化
  5. 専門家への相談:重大事案は必ず弁護士に相談

懲戒解雇は労働者にとって最も重い処分であり、不当解雇とならないよう、法的要件を満たした慎重な手続きが求められます。一方で、児童の安全を守ることが最優先であり、適切な判断と迅速な対応も必要です。

本記事の内容を参考に、貴社の実情に合わせた体制整備を進めてください。万が一懲戒解雇事案が発生した場合、具体的な対応について弁護士にご相談されることを強くお勧めします。


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本記事の内容は2025年12月時点の情報に基づいています。法令や指針は今後変更される可能性がありますので、最新の情報をご確認ください。

本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的な法的助言を提供するものではありません。実際の対応については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。

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